Little AngelPretty devil 
      〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

     “秋の恵みの
 



酷暑の名残が消えれば、収穫の秋がやって来て。
田圃はずっしりと重く実って頭を垂れた稲穂が金色に色づき、
小芋や栗に、ゴボウにレンコン、
葡萄にギンナンに柿にアケビ。
キノコに、あとはえっと、

 “イワナやヤマメも太るころだしな。”

指折り数えていて、
不意を突くような風に前髪をあおられ、おおうと立ち止まる小さな書生殿。
慣れた切り通しの道も、
見上げたところにある木々がそれなり色づき始めており、
カサコソと物音がしたのは
木の実でも探していた小さな生き物が慌てて逃げ去ったからだろう。
収穫の秋とはよく言ったもので、
様々な作物や恵みで地はにぎわい、
これから迎える冬を前に、
天と大地に感謝しつつ、人々は大忙しで収穫に勤しまねばならぬ。
神祇官補佐である蛭魔のところへも、
知行地からの禄である秋の恵みがいろいろ届き始めていて。
料理上手な賄いのおばさまが、
毎日のように保存食作りに励みつつ、美味しいご馳走を出してもくれており、

 “だっていうのにねぇ。”

屋敷の裏にある小さな森は、かつては人が手を入れてもいたのだろうが、
今はほとんど放り出されての、
奔放自在にあれこれが育っていたり枯れていたりしていて。
里の人がたまに芝を拾いに入ったりするけれど、
道もあってないようなものだからあまり奥までは入らない。
地主が今のうら若き殿上人に代わってからは尚のこと、
陰陽の関係者だとあって
彼が使役する何やら怪しい物の怪が棲むとまで言われているらしく。

 “…それはいろんなところを突っ込みたくなる見解なんだけどなぁ。”

全くですよね。特に、二人いる“地主”が黙ってないんじゃなかろうか。(笑)
そんな裏山だが、瀬那にしてみれば慣れたもので、
時折山草だの薬草だのを採りに入るし、
今日のようにお迎えにと運ぶことも多くて、

 「くうちゃ〜ん、こおちゃ〜ん、もう夕方だよお家に帰ろうよぉ。」

口の横へ手のひらを立てて、
迎えに来た幼子の名前を呼ぶ。
それも物の怪の一種というものか、
人の子へ変化している小さな仔ぎつね坊やたちは、
お館様が出仕だのお仕事だので構ってくれないときは、
連れ立ってこの裏山までのしては
緑豊かな広っぱで駆けまわったり、
小さな生き物の気配を待て待てと追っかけたりして日を過ごす。
とはいえ、夢中で遊んでおれば、帰るのにかかる時間も考えまいから、
気がついたら真っ暗だったということにもなりかねずで、

 『あ奴らはそも野生の子だぞ?』

そんなとなっても人より優れた鼻や眼で、
屋敷の場所を探り当て、あっさり戻ってこれようにと、
頭上に金の髪をいただく師匠は心配性な瀬那へ苦笑をするのだが、
それでも
暗くなったらどんな獣が徘徊するやも知れないし、何より心細かろうからと、
こうして自発的にお迎えにと出向く彼であり。
そんな心配りが通じているものか、

 「せぇなっ!」
 「たらいまっ!」

枯れたススキだろうか、
細長い葉がいっぱい植わっている原の中から
ばさぁっと飛び出して来た小さな童らが二人。
それは嬉しそうに小さなお兄さんへとまとわりついて、
お迎えだ帰ろう帰ろうとはしゃいでみせる。
まだまだふくふくした幼いお顔に、幼子独特の細い髪を頭の後ろで高々と結って。
農家の子ならまだ帯揚げ前の短い着物だけのところ、
一丁前に、小袖と袴という衣紋をまとっておいでの
瓜二つな風貌をしたお子様たちだが、
実体はといや
片やは天帝のお使いでもある天狐の眷属で、
もう片やは 元は野狐だが天の宮に召し上げられた、
やはり特別な能力を持つ仔ぎつねさんであり。
特別には違いないが、畏れ多いと壊れものだが祟りもののように扱うこともなく、
瀬那もまた ただの小さい子扱いで、傍らへと屈んでやると、
二つのそっくりなお顔を見比べて、
泥や草の汁で汚してないか、切り傷なぞこさえてないかを確かめてやり、

 「今日はお昼に戻ってこなかったね。お腹空いてないか?」

それこそ山にはたんと恵みも実っているし、
何となればそれを摘まめばいいのだと判っていようから、
ひもじがっているのではとまでは案じていなかったけれど。
懐から今日のおやつだった小ぶりな蒸し饅頭を取り出せば、
わあとお顔を輝かせ、それぞれに手に取りパクリと食いつく。

 「鶏あん、おいちいvv」
 「おいちいねvv」

饅頭を削るのと入れ替わりに、自身の頬を膨らませ、
あむあむ・うまうまと堪能する二人へ、
竹の水筒に詰めてきた湯冷ましを差し出しつつ、

 「お昼ごはんも食べないほど楽しかったの?」

そうと問いかければ、真ん丸なお目々を弧にたわめて大きく頷く坊やたちであり。

 「いっぱいぱい あしょんだのvv」
 「あしょんだのvv」

たくさん遊んだと嬉しそうに報告したところまでは想定内だったれど、

 「あぎょんがね、大きいおにぎり作ったのvv」
 「作ったのvv」

 「…はい?」

口の傍へお饅頭のかけらをくっつけて、にこぉっと笑った坊やたちに、
言葉の意味を掴みかね、ついつい訊き返した瀬那くん。
最初は他意なぞなかったのだけれど、



 「くうちゃんたちが言うには、
  どこかから失敬してきたんじゃなくて、
  太い竹筒を使って、焚火でお米から炊き上げた
  あぎょ、阿含さんだったそうなんですよ。」

凄かったのと興奮しもせずの、面白かったねでお終いになったところをみると、
今日が初めての運びではないらしく。

 『んと、きょーのは だいだいのおしゃかなが入ってたの。』

 「だいだい、そうか鱒だな。」

気長に釣ったとは思えんから、豪快に掴み取りしやがったなと、
妙なところへ感心する金髪痩躯の師匠も師匠なら、
何かしら案じるような顔をする書生くんの方は方で、

 「何だ? 何か言いたそうだが。」

当の和子様がた二人は、今宵は素直に天の宮へと戻っておられ。
その住処があるのやもしれぬ真ん丸な月が
東の空からゆっくりと昇りつつある蒼穹を頭上に据えて、
こちらはそろそろ開けっ放しでは冷え込む板の間の広間に向かい合ってた
どちらも凄腕、京の都で並びなき級の陰陽師の師弟二人。
昼間にはしゃいだらしい仔ぎつねさんたちの話を聞かせたものの、
瀬那には瀬那の懸念でもあるらしく。
まぁた何か小さいことに引っ掛かってやがるのかと
やや呆れつつも 寛大なお師匠様がわざわざ訊いてやったところが、

 「あ、あのあの、
  ボク、この話は黙ってた方がいいんでしょうかっ?」

 「……あ"?」

いえあの、阿含さんもそうそう些末なことへ目くじら立てる人じゃなし、
ボクだって嘘を広めるつもりもないし、でもなんか、あのあのっ、と。
ようよう見れば涙目になって訊いてくる坊ちゃんだったのへ、
まずは言葉の意味が掴めずにキョトンとした蛭魔だったが、

 「あのな。何でそうも臆病なんだ、お前はよ。」

何やら逆恨みが降ってでも来るんじゃないかと恐れているのか、
いやいや、そんな話を言いふらすような人性じゃないのは
この屋敷のものなれば重々判っているが、
あの蛇神様には通じてないかもしれずで。
しょむない子供にまで人の良いところが知られたと、
胸の内にもやんとした何かが閊えてしまった彼ではないかとか、

 “どうせそっちの方向で案じているんだろうなぁ。”

どこまで利他的なんだかと呆れつつ、

 「馬鹿野郎、
  そういう話を聞いたら大いに笑い飛ばしてやればいいんだよ。」

しかもしかも、当事者からっていうマジネタじゃねぇか、誰に遠慮がいるものかと、
大きに胸を張って高笑いするお師匠様なのへ、

 “…いや、それはそれでどうかと思いますが。”

しょうがを利かせたキビの飴で、
くるみ込むよに煮詰めた甘藷のお夜食を、
甘くて美味しいと摘まみつつ。
どっちもどっちの極端な師弟、
案外とこれでバランスが取れているのかもしれぬと、
丸いお月さまがほこほこ微笑ってござった秋の宵。




     〜Fine〜  15.10.27


 *芋の話を一席。
  甘藷、サツマイモは15世紀末、
  江戸時代の元禄のころに日本は琉球へやってきたそうなので、
  平安時代にはまだなかったと思われます。
  大方、葉柱さんの伝手で持って来てもらったのかもですね。(おいおい)
  ジャガイモやニンジンは明治に入ってからなので、
  時代劇に芋の煮つけとくれば 里芋のが正しいです。
  堂々と肉じゃがみたいのが出て来てはいけません。
  後は自然薯ですが、
  今のように栽培はまだ出来なかったでしょうから、
  高価だったんじゃなかろうか。

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